2014年7月23日水曜日

EDM

キキララみたい。

こういうの空港着く前に着替えるんだっけね。大変だわ。

相変わらずの音楽ネタを。
まずはこれ。

アジアでは韓国に先を越されましたが、ついに日本でも9月末に開催。
嬉しいなぁーこれであびーちー来るなら小躍りするなー。(現時点では出演未定)
所謂EDMフェスだけど、クラブ文化がどんどん廃れて行く日本でどこまで盛り上がるのか見もの。今の大学生ってクラブ行かないのね。

2個目はこれ。

ツイッターで追ってたクチです。
別にどっちの肩を持つ訳ではないが、ちょっとないわ。
当然、主催者側とちゃんと握れなかったのが一番だめだけど、本人達このファンミで何やるのか全く把握してなかったんでしょ。

ただ、この国本当にいい加減だからなんとも言えない…契約に書いてあるとかそういう問題じゃないって言いそうだもん。スケジュールって概念がない。

半分自分の国なんだけどね…五分前行動、大事です。


2014年7月11日金曜日

Time after time

2年前の日記にちらっと書いた
「サニー 永遠の仲間たち」。
あれから2年…(ブランク空きすぎ)やっとCSで観ました。

じゃじゃん
(韓国風にじゃじゃーんと言うと、最初の「じゃ」がアクセントなので、こう聞こえる。)

どうでもいい。
韓国版ポスター。

よく観たら観たことある俳優ばっか(ウギョルのカンソラ、テヤンの相手ミンヒョリンなど)。
1986年と2011年を行ったり来たりするんだけど、もうこれが堪らなくいい。
(あらすじをざっくり言うと、25年ぶりに会った高校時代の親友グループ(このグループ名がサニーね)のリーダーが余命二ヶ月であることを知り、昔のメンバーを探す)

真ん中に書いてある副題的なのは
「一番輝いていた瞬間 私たちは一つだった」
現実に抗いながら生きてる姿にも泣けるし、高校時代の友情にも泣けるし、何なら最後リーダーの葬式でサニー踊っちゃうのも泣けるし、今Amazonでポチろうとしている自分を褒め称えたい。

ちなみに日本版ポスターはこちら。

映画にここまでハマったの初めてかも。
タイトルに入れたTime after timeはエンディングテーマ。エンドロールの紙芝居も素晴らしい。

2014年7月8日火曜日

音楽中心

久しぶりにK-POPの話でも。

2月3月は
Giri's day Something
소유x정기고 SOME
AOA 짧은치마
SPICA You don't love me
スピカはちょい売れ(って言っても大分売れた)だけど、久しぶりにこの辺りの歌番組観たらマジでうま過ぎてビビった。
特に金髪と前髪オンザの子。ていうか全体的にみんなパワフルな歌声。
ソユチョンギコはえらいロングヒットだったがね。ヒョリンより取っ付き易いのかも。(この頃ヒョリンもマッドクラウンとコラボってたがSOMEほど売れてない)

アキレス腱のせいで実家暮らしのため、음악중심しか追えてないが今日聞いてこれは!と思ったものを。

Fly to the sky-You You You(너를 너를 너를)

鳥肌もん。
学生時代、何故かK-POPにハマった友人に勧められたけど一切聞かず、今更ながら友人の先見性に驚くばかり。

Crush feat.Geako-Hug me

ゲコ目当てで観てたらこれがまた流れの良い曲調だった。

テヤンの曲は売れるべくして売れた感じ。
リンガ先輩もいいんだけど、やっぱテヤンらしさはバラードなのかも。リンガ先輩好きだけども。



2014年7月6日日曜日

アキレス腱日記 その③

そんなこんなで地元の病院に来た私。
既に怪我してから4日目、やっと手術となった。

で、手術って色々検査してからやるのね。知らなかった。
極めつけがジェルネイル外せとのこと。(爪の状態で酸素のなんたらどうたら…よく覚えていない)

外しましたよ。ベッドの上で。

人生初の手術室は、まさかのEXILEがBGM。死ぬほど笑いそうになるも、気づけば麻酔をかけられ(局部だと痛いと言われたので、ビビって全身麻酔)、よだれに気づいて目覚めました。

そこから転倒ありーの、なんやかんやで一週間で退院(通常はもっと早いそうです)。まぁ、当分は会社休みだねぇ。

2014年6月26日木曜日

休み

閑話休題。

暇なので病院ネタでも。
枕カバーの色が病院ぽい…

右はバックパッカーの仙人的ポジションにいる(?)蔵前仁一のホテルアジアの眠れない夜。
この本、94年に初版されてるんだけど、内容読むと東南アジアって今とあんま変わってないんだなーって感じだった。てか今更ながらよく私ベトナムカンボジア行ったなぁ…

左は何と無く。姉いないけど。

まだ退院できないなぁ。

2014年6月24日火曜日

アキレス腱日記 その②

救急でトン○ョに来た私。
どうやらいつも以上に混んでいるらしい。電話で話しておいてよかった。

医者はぱっと見自分と同い年くらいか下。どうやら肉離れではなく、ここでついにアキレス腱断裂の単語が。
いやーマジでショックだった。我が家では叔母、母がそれぞれ断裂経験者なので、どれくらい大変かは認識済み。とにかく面倒なのが会社への申請。もうこの時点でパニック。
とりあえずレントゲン撮って、明日また来いとなった。救急は会計のバタバタがあったにせよ、とりあえずは良かった。

問題は次の日。

予定時刻通り病院に行き、デカい病院だからかボランティアがついて、予約受付から全部やってくれる。
大学病院だしまぁ時間かかるよなーと思ってたら、一時間経っても呼ばれない。二時間経っても呼ばれない。
ボランティアの話ではすぐ呼ばれるとの事だったのにどうにもおかしい。
さすがに再度受付に行くと、再来用のゲートに私の受付番号。
私は救急で受けても初診扱いなのでどうにも違う、と受付に言うと、予約票に二重線を引かれて、再来用のゲートを書かれた。
まぁ、見てくれるならいいかと思い、そのゲートで待ち、診察を受けた。(ここまでて2時間半)
医者「再来の方じゃないですよね」
そりゃそうだ。この人再来専門の人だもんね。聞くと非常駐らしく、手術も何も決められないらしい。
何で私ここに呼ばれたのか…と思いつつ、結局、常駐の先生から手術スケジュール相談するので待ってて下さいと言われ、出されてしまった。包帯蒔き直しただけ。
まぁ仕方ないと思い、それで待つこと3時間半…やっと本来の先生によばれたが、結局診察室にも入れず、外のロビーで
・今大部屋が空いていない
・手術するには来週以降
もうここまで来たら、要はうちではやりませんてことじゃん。
面倒だからとりあえず2通紹介状書いてもらい、その場を去ることに。

帰りの会計も同じボランティアさん。
まだいたことに相当驚いており(そりゃそうだ)、会計手伝ってもらうも、これから違う病院で手術なので、松葉杖どうするかの話が一切なかった。
ここからまた会計と備品の科とで行ったり来たり。

決めました。もうトン○ョに掛かることはありません。

(ちなみに、会計時救急で受けた時の会計が誤ってたらしくブラス分を取られたこと、さらには何の診察もないのに1700円取られたことは一緒忘れません。)


後日、実家近くの病院で手術と入院の際、この話をしたらトン○ョの整形は良くないそうです。訴訟も多いしね。

2014年6月23日月曜日

アキレス腱日記 その①

韓国行って以来ネタないなーと思ってたら、まあドデカイネタになりましたよ。

6/19(木) 東陽町にて
夜だけ割と涼しかったギリシャ戦前日、会社のフットサル部で試合してたんだわ。
運動はしてたものの(ダンスとか)、フットサルは割と久しぶりだったもんで、全く体はキレてなかったものの、1ゴールは決め、次の試合を待ってた。
2試合目、まだ体は切れず、後頭部を打つアクシデント発生。この時に止めておけばよかったんだ。
3試合目、試合時間半分過ぎたあたりで隣の班の上司から絶好のパスを受け、右足で蹴ろうとしたところ


ぶちーーーーー

左に倒れました。
最初は誰かが私の右足蹴った?ような感じ。とにかくふくらはぎが痛くて、アキレス腱のあの字もない。
冷やしても全然ダメ。こりゃ救急で掛かろうと思い、その日の送別会キャンセルで病院へ。

で、これがまた病院見つからないのね。最終的に病院案内みたいなとこに電話して、タクシーで10時半頃やっと到着。
行ったのは某大学病院。これがねー、もうそれはそれでありえなかったのよ。

つづく。